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琳派とはいったいどんなグループなのか?

歴活代表の安藤竜(アンドリュー)です。

2015年は琳派400年なんだそうで、京都など色々と琳派にまつわるイベントが開催されるようです。

琳派400年記念祭

でも、そもそも琳派って何なの?

という人も多いんじゃないかと思います。

そこで今回は琳派についてとりあげてみたいと思います。

ちなみに、琳派(りんぱ)と読みます。

もちろんリンパマッサージは何の関係もありません。

そもそも琳派って何?

琳派の琳は尾形光琳(おがたこうりん)の琳です。

尾形光琳が活躍したのは江戸時代の元禄期。
ちょうど5代将軍綱吉の頃。
京都や大阪を中心にいわゆる元禄文化が花開いた時期です。

尾形光琳は、国宝の紅白梅図屏風や燕子花(かきつばた)図屏風などの名作を残しました。

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紅白梅図屏風

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燕子花図屏風

さて琳派という名称ですが、実は実際にそのような流派とかがあった訳ではありません。

琳派とは尾形光琳という天才をリスペクトして、影響を受けた作品を残した人たちを総称して後世の人が名付けた名称なのです。

現在に例えるならば、ダウンタウンの松本人志をリスペクトして芸風も影響を受けている千原ジュニアや今田耕司、木村祐一、雨上がり決死隊宮迫、宮川大輔、ライセンス藤原などを松本派と呼ぶようなものでしょうか。

この琳派という名称が多用されるようになるのは、昭和47(1972)年の東京国立博物館創立百周年記念特別展「琳派」の開催以降なのだそうで、まだまだ新しい用語のようです。

琳派に含まれる芸術家

まず挙げられるのは俵屋宗達です。

俵屋宗達は改元のCMでおなじみの風神雷神図屏風が有名ですが、尾形光琳がリスペクトして影響を受けた人ということで、琳派の祖と言われます。

風神雷神風神雷神図屏風

松本派に例えるなら、島田紳介にあたる人だと言えるでしょう。

ほかには、マルチアーティストの本阿弥光悦。

尾形光琳の弟で陶芸家の尾形乾山。

播州姫路藩の藩主の息子だった酒井抱一。

などといった人物が主なメンバーです。

それぞれのメンバーには100年の開き

ところで琳派のメンバーは松本派のように同時代に生きた訳ではありません。

実は各メンバーの活躍した時期は100年の開きがありました。

・俵屋宗達(1630年代没とされる)寛永文化期(江戸時代初期)

・尾形光琳(1658〜1716)     元禄文化期(江戸時代中期)

・酒井抱一(1761〜1828)     化政文化期(江戸時代後期)

主要メンバーの3名は、まったく生きた時期がかぶっていないのです。

血縁関係があるわけでもなく、師弟関係もなく、ただただリスペクトして作品を模写することでつながっているのです。

3枚の風神雷神図屏風

そんな関係を一番表しているのが、3枚の風神雷神図屏風です。

そう、風神雷神図屏風は1枚ではないのです。

俵屋宗達の名作をまず尾形光琳が模写し、その模写を酒井抱一が模写している作品が残っています。
ラファエロがレオナルド・ダヴィンチをリスペクトしてモナリザを模写したのと同じです。

琳派400年の今年は、ぜひ実物を見比べる機会に恵まれたいものですね。

主な参考文献

古田亮『俵屋宗達ー琳派の祖の真実ー』(平凡社新書、2010年)

『日本美術全集ー宗達・光琳と桂離宮ー』13巻江戸時代Ⅱ(小学館、2013年)

平木孝志「宗達と光琳の絵画(琳派の芸術)」(北國新聞文化センター「茶の湯と美術談義」2014年12月13日レジュメ)

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