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【歴史トーク】鎖国は日本だけのもの?

歴活代表の安藤竜(アンドリュー)です。

「島国根性」

島国に住んでいるため、視野がせまく閉鎖的でこせこせした性質、見解(『日本国語大辞典』)

私たち、日本人がよく自重気味に使う言葉です。

そしてそうなった原因として、江戸時代の「鎖国」制度がよく引用されます。

基本的に「鎖国」という言葉がポジティブに使われることはありません。

ほとんど「引きこもり」と同じ意味ぐらいに使われているのではないでしょうか?

日本は江戸時代、外国の軍事力にびびって国を閉ざしてしまいました。

でも黒船におどされて、また開けさせられてしまいました。

みたいな・・・

でも実際はそう単純なものではありませんでした。

また当時、世界中で日本だけが鎖国をしていたかのようなイメージを持たれている方は多いと思いますが、それも実は違っていたのです。

今回はそんなテーマでお話させていただきます。

鎖国令の内容をおさらい

まず鎖国令についてですが、これは一つの法令ではありません。

寛永10(1633)年〜同16(1639)年の6年間で出された、関連する複数の法令をまとめて鎖国令と言います。

内容は大きく3つです。

1、日本人の海外往来の禁止(出国も帰国も不可)
2、海外貿易の制限

3、キリスト教の禁止

また江戸時代は最初からずっと鎖国をしていたと思われがちですが、江戸幕府が開かれたのが慶長8(1603)年ですから、鎖国令が出されたのは江戸時代が始まってから実に30年後のことなのです。

時は3代将軍、徳川家光の時代でした。

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ですので徳川家康・秀忠の頃までは、たくさんの日本人がまだ海外に出ていたのです。

鎖国はアジア諸国の共通政策

荒野泰典さんによると、日本の鎖国に相当する政策は当時東アジアのほとんどの国が行っていたといいます。


とくにキリスト教の弾圧は、中国、朝鮮、ベトナム、カンボジア、タイなどで行われていました。
中国ではローマ法皇が中国人信者の祖先や孔子・天帝の祭祀への参加を禁じたことから、キリスト教弾圧が始まったといいます。

また中国や朝鮮では日本と同様、船の大きさや海外への渡航、貿易などで何らかの制限がかけられていました。

これを「海禁」と言います。

日本の「鎖国」制度は、「日本版海禁制度」だったとも言えるのです。

また日本の鎖国は、中国、朝鮮を含んだ東アジア全体の「貿易統制同盟」といった要素も含まれていたのではないでしょうか?

鎖国の目的

鎖国の目的は、国を閉じることでは決してありません。

あくまで「幕府にだけ開いている」状態にすること、貿易・外交すべてを幕府が独占できる体制にすることが目的でした。

ですので、鎖国体制下でも4つの口といって、以下の4カ所には外国人が入国していました。

1、長崎、唐人屋敷(明・清(中国))、出島(オランダ)
2、松前(アイヌ)
3、対馬(朝鮮)
4、薩摩(琉球)

また現在の韓国にある、釜山倭館には対馬藩の役人が出向いていました。

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日本人は江戸時代を通じて、韓国の釜山には出向いていたのです。

なぜ鎖国が行われたのか?

鎖国の背景には4つのポイントがあるといわれます。

1、スペイン・ポルトガルのアジア貿易の不振
2、幕府の許可を得てベトナムやタイ、カンボジアなどに行っていた朱印船貿易の衰退
3、中国で明という国が滅び、清という国が誕生
4、日本の軍事力の高さ

とくに4の軍事力に関しては重要で、当時の日本は戦国時代が終わってすぐですから、タイの山田長政を始め傭兵が海外に進出していましたし、たたら製鉄の発展とともに武器の生産・輸出が大きな産業となっていました。

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現在でも永世中立国のスイスが強い軍隊を所持しているように、ヨーロッパの軍事力を恐れてというよりはその高い軍事力があったからこそ鎖国政策をとることができたといえるのです。

現在、日本は言語鎖国が行われているという説があります。
東南アジアなどの国ではほとんどの人が英語を使えるのに、日本人はまったく話せません。

これを悪く言う人もいますが、池上彰さんによると、明治時代に日本の国力や学問のレベルが高かったからこそ、海外の経済用語などを日本語に翻訳して学ぶことができたのだといいます。

まったく同じことだといえるのではないでしょうか?

まとめ

日本の鎖国政策は大きく2つの内容に分けられます。
それはキリスト教の禁止と貿易・外交の幕府の独占です。

そしてそのどちらも日本独自の政策ではなく、東アジア地域共通の政策でした。

そしてそれは決して強いヨーロッパに対して縮こまっていたからではありません。

そのようなイメージは江戸時代のもっと後になって、中国がアヘン戦争に敗北したり、江戸幕府が異国船の脅威にさらされるようになった際についたイメージだといえるでしょう。

本来は東アジア地域全体の強い経済力と軍事力によって、経済効率を求めた結果できあがった地域秩序、それが鎖国だったのです。

主な参考文献

荒野泰典『近世日本と東アジア』(東京大学出版会、1988年)


荒野泰典編『日本の時代史14 江戸幕府と東アジア』(吉川弘文館、2003年)
『週刊新発見!日本の歴史29 江戸時代2』(朝日新聞出版、2014年)
『週刊新発見!日本の歴史36 江戸時代10』(朝日新聞出版、2014年)

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