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【歴史トーク】江戸の高度成長期「元禄時代」の世の中とは?(中編)

前回の記事【歴史トーク】江戸の高度成長期「元禄時代」の世の中とは?(前編)

中編は元禄時代の政治について述べていきます。

5代将軍徳川綱吉の政治は、前期と後期に分けられます。

前期は大老堀田正俊を中心とした老中の合議制で行われましたが、後期は徳川綱吉本人の将軍親政体制となります。
徳川綱吉は元々今の群馬県の館林藩の藩主で、初の家康直系以外からの将軍でした。
よって綱吉政権後期は将軍の権力をいかに高めるか!
という点が重視されました。

人から職へ

この時期の政治のキーワードはまず「人から職へ」です。

企業でも小さな企業では1人1人が何でも出来るオールマイティな能力が求められますが、大企業では営業マンは営業、経理マンは経理というように分業体制がしっかりしていると思います。
同様に、江戸幕府も広域行政の必要性などの社会の変化から大きな政府志向となり、組織の整備が行われるようになります。

全国統治者としての綱吉の政策

そして大きい政府を志向し、全国の統治者としての意識を高めたことで行われた徳川綱吉の政策は以下の通りです。

・「天下一」の文字使用禁止
・全国での鉄砲改め
・全国共通の暦である貞享暦を採用。時間を支配。
・鳴り物停止令
・国絵図、郷帳の作成。国境を重視して作成。
・諸国高役銀の徴収(富士山噴火対策)
・参勤交代から手伝い普請重視への変更。城普請から寺社造営へ
・相対勧化から御免勧化体制へ
・朝廷儀礼の再興。将軍権威の向上に利用
・服忌令。穢れの意識の高まり。朝廷・神社の地位向上
・寺院本末改め。寺院の統制と現状把握。民衆教化のための説法の義務化
・交通制度改革。助郷制度を同一領内だけの動員から領域を超えた動員体制へ 
・貨幣改鋳。金銀の含有率を下げ、額面通用の強制。流通量を増加。

このように、これまでとは比較にならない量の政策が実行されていきました。

武力から儀礼を重視の世の中に

3代将軍家光は30万人の軍勢で上洛したり、9回も日光東照宮に参詣したりと軍事パレードで将軍の力を見せつけました。

しかし綱吉政権になると、日光東照宮への参詣は中止。伊勢神宮への代参に変更されます。
また東大寺大仏殿の再興や寛永寺の本坊の建設、土御門家の陰陽師支配が進められるなど徳川家康信仰よりも、普通の仏教や神道、陰陽道が重視されるようになりました。

また、カブキ者の処分を徹底したり、赤穂事件で厳しく赤穂浪士を罰するなど、徳川綱吉は武士道よりも儀礼をしっかり行うことで世の中をよくしていこうと考えました。その流れで、血や死の穢れを嫌う服忌令が出されるなど、武士の貴族化が進行したのです。

「仁政」の意識

徳川綱吉の頃、天道委任論(てんどういにんろん)という思想が力を持ち始めます。
これは将軍は天から民を平穏に治める能力を持つ優れた人物であると認められたので、日本の支配権を委任されているんだという考え方です。
ここでの「天」は「天に身を任せる」といった用語で今も使われます。
逆に自分だけが良いという風な政治をして、民を疲弊させる悪政を行えば天に見放されるとされました。

よって徳川綱吉は「仁政」を強く意識していました。

その最たるものが生類憐みの令です。

生類憐みの令は「犬を大事にする」ということだけがクローズアップされがちですが、本来のテーマは生きとし生けるものすべてへの愛です。
ですので、犬だけでなく鳥や獣のほか、捨て子や誘拐、迷子など社会的弱者である子供を救済するための政策なども多く出されました。

必然的に元禄期の江戸幕府は大きい政府志向となり、元禄時代の日本は前代未聞の福祉国家となったのです。

*後編に続く・・・

主な参考文献

高埜利彦「18世紀前半の日本~泰平のなかの転換」(『岩波講座日本通史第13巻近世3』岩波書店、1994年)

菅原憲二「老人と子供」(『岩波講座日本通史第13巻近世3』岩波書店、1994年)
若尾政希「江戸時代前期の社会と文化」(『岩波講座日本歴史第11巻近世2』、岩波書店、2014年)

水本邦彦『草山の語る近世』(山川出版社、2003年)

大藤修『近世農民と家・村・国家』(吉川弘文館、平成8年)

杣田善雄『幕藩権力と寺院・門跡』(思文閣史学叢書、2003年)

鬼頭宏『人口から読む日本の歴史』(講談社学術文庫、2000年)

佐々木潤之介『江戸時代論』(吉川弘文館、2005年)
『週刊新発見!日本の歴史31 江戸時代4元禄の政治と赤穂事件』
(朝日新聞出版、2014年)

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