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松平不昧に学ぶ文化都市・松江の作り方(前編)

歴活代表の安藤竜(アンドリュー)です。

先日、島根県の松江に行ってきました。

松江は京都、金沢に次ぐ茶処、菓子処だと言われ、和菓子の購入量はなんと全国1位なんだそうです。

茶道が非常に盛んで、町並みも風情があってとても良い所でした。

そして、その由来を探ってみると、

金沢に前田利常・綱紀といった名君がいたように、松江にもやはり名君がいました。

その名は松平不昧(まつだいらふまい)。

不昧流茶道の創始者でもある、超文化人大名です。

今回は松平不昧をとりあげます。

松平不昧と茶道

松平不昧はまず、4代将軍徳川家綱の茶道指南役だった片桐石州から始まる石州流の茶道を学びました。

松平不昧は自分自身が政治を行って以降、寛政9年〜文化14年までの21年間で200回前後の茶会を開催するほどの数寄者。

茶道は禅とも関係が深いですが、松平不昧も禅に傾倒し千利休のわび茶を目指したといわれます。

松平不昧の茶器コレクション

しかしなんといっても松平不昧の茶道での業績は、安永3(1774)年より始めた茶器の収集です。

当時は田沼意次の失脚や、江戸の豪商冬木家の倒産、ほかにも天候不順の対応のため、全国の大名家や豪商の名品が流出している状況がありました。

そこで松平不昧は「油屋肩衝」という茶入の名品を1500両で購入するなど、名品を多数購入していったのです。

また松平不昧は茶器のコレクションだけでなく、その研究にも取り組みます。

著作としてはコレクションの内容を解説した「雲州蔵帳」や、名物の茶器の図解をした「古今名物類従」、瀬戸の陶器の歴史を記した「瀬戸陶器濫觴」などがあります。

単なるコレクターではなく文化財の保護・研究を行っていたのです。

松平不昧の茶室

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松平不昧の茶室としては、有名なものに明々庵があります。

かやぶきの入母屋造りになっています。田舎の古民家のようなイメージですね。

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中には2畳と4畳半の部屋があります。

この場合、中柱を立てて炉は客畳に切るのが本来定石なのだそうですが、中柱を作らず炉を手前座に切る「向切り」という形式にしているんだそうです。

松平不昧と和菓子

松平不昧は和菓子にもこだわりをみせ、現代でも松江には多くの不昧公好みといわれる和菓子が残されています。

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これは緑色が「若草」という和菓子で、黄色が「菜種の里」と言います。

ほかにも山川(日本三大名菓)や姫小袖などといった不昧公好みの和菓子が残っています。

松平不昧と工芸

松平不昧は自身の藩政改革で、たたら製鉄で生産した銑鉄(ずくてつ)を鍋釜に仕立てる産業を立ち上げました。

その際、技術者に茶道で使う釜も作らせたと言われています。

ほかには漆工芸では小島漆壷斎、木工では小林如泥といった人を引き立てました。

しかし有名なのはやはり陶器です。

楽山窯という当時もうすたれていた窯を長岡住右衛門貞政という人物に復活させます。

また布志名窯という窯も多く不昧好みの茶碗を焼いていました。

松平不昧と相撲

また歴スー女のみなさんにお伝えしたいネタとしては、松平不昧は相撲好きでもありました。

江戸時代最強の力士として有名な雷電為右衛門、実は松江藩のお抱え力士でした。

【歴スー女のための相撲紀行シリーズ!三分坂(さんぷんさか)と雷電為右衛門の墓(赤坂)】

最盛期には大相撲の番付の西方の大関〜前頭まで(当時横綱はなく大関が最高位でした)、すべてが松江藩のお抱え力士だったとことがあるそうです。

なぜ松平不昧は文化に傾倒したのか?

松江藩が改革によって裕福になったため幕府に目をつけられたから、茶の湯にのめり込み幕府の目をそらそうとしたのではないか?

という説があります。

松江藩は親藩とはいえ、結城秀康に始まる越前松平系。

結城秀康は2代将軍秀忠の兄なのに、徳川家を継ぐことができなかった家系のため、いつ反乱を起こすかわからないと考えられていたのでは?

というのです。

*越前松平家についてはこちらの記事をどうぞ
 【歴史トーク】ざっくり福井藩の歴史

加賀藩が前田利常のとき、改作法という農政改革を行って「政治は一加賀、二土佐」と讃えられるようになったとき、幕府に歯向かわないという姿勢を見せるために美術・工芸をはじめとする文化保護政策をとったという説と似ています。

しかし本当にそうなのでしょうか?

現代でも優れた経営者や政治家は経営や政治だけでなく、様々な教養にあふれた方が多いように思います。

そしてその教養は決して成功してから身につけたものではありません。

仕事と並行して教養を身につけることで、人間性を深めたり人脈を広げ、成功をたぐりよせているのではないでしょうか?

これからの地域リーダーは自身の仕事だけに没頭せず、何かしらの教養を身につける「学び」を並行して行っていくこと。


これが今、まず私たちが松平不昧に学ぶべきことなのではないでしょうか?

そんな風に思うのです。

*中編に続く・・・

 主な参考文献

乾隆明『松江ふるさと文庫3 増補改訂版 松江藩の財政危機を救え』(松江市教育委員会、2008年)

石井悠『シリーズ藩物語 松江藩』(現代書館、2012年)

道重哲男・相楽英輔編『街道の日本史38 出雲と石見銀山街道』(吉川弘文館、2005年)

『水の都市松江』(島根県松江市観光ガイドブック、松江観光協会)

「松平不昧公ゆかりの茶室明々庵」(明々庵パンフレット)

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