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享保改革とは何か?〜徳川吉宗・大岡越前の時代〜(前編)

歴活代表の安藤竜(アンドリュー)です。

暴れん坊将軍・徳川吉宗や大岡越前で有名な、享保改革の時代は実際の所どんな世の中だったのか?
今回はそんなテーマでお話させていただきます。

享保改革の時期は、享保元(1716)年〜延享2(1745)年の期間です。
江戸時代は1603年〜1868年の268年間なので、享保改革は江戸時代のほぼ真ん中の時期にあたります。

よって、享保改革の時期は江戸時代が発展するための軌道修正の時期という人と、江戸時代の崩壊へのプロローグなのだという人とに分かれる時期となります。

時代背景

享保改革の時代背景を説明する上で、もっとも大きな要因は江戸幕府の財政赤字の拡大です。
江戸幕府は5代将軍徳川綱吉の時期にあたる元禄期以降、財政赤字の拡大が止まらなくなりました。
その原因はシンプルです。
江戸幕府の収入の減少と支出の拡大です。

またこの時期の経済的な特徴として、貨幣経済が発展したことで地方の特徴がなくなっていったことや、貨幣を改鋳して貨幣流通量を増やしたことで、インフレが発生したことがあげられます。
*この辺りの事情については、以前に書きましたので参照ください
【歴史トーク】江戸の高度成長期「元禄時代」の世の中とは?(前編)

そんな時代背景をふまえて、享保改革では大きく5つの政策がとられました。
それは以下の通りです。

1、貨幣改鋳(マネー政策)
2、収入の増加
3、支出の減少
4、統治体制の強化
5、江戸の首都機能の強化

貨幣改鋳(マネー政策)

享保改革の時代のマネー政策は、前期と後期に分けられます。
まず享保改革の前半はインフレに悩んでいたこともあり、デフレに誘導する政策がとられました。
正徳4(1714)年に享保小判の改鋳を行い、小判の金の含有量を増やしました。
そしてもともと流通している元禄小判などを回収して作り直すことで、世の中に流通する通貨の量を減らそうとしました。

そして享保改革の後半は、元文元(1736)年に元文小判を改鋳し金の含有量を減らして通貨の量を増やそうとしました。

元禄期の改鋳と違って、出目による利益の獲得を目指さず、ただ通貨の流通量を増やすことだけが目的だったのでほどよいインフレが継続しました。
いわゆるリフレ政策が行われたのです。

収入を増加させるために

収入を増加させるためにとられた政策は大きく5つです。

1、新田開発(幕府領400万石→450万石)
2、代官の綱紀粛正
3、定免制、有毛検見法、年貢率の増加
4、飢饉対策
5、上米の制

まず新田を開発して米の収穫量を増やしました。
また年貢率を固定し、またその率も四公六民から五公五民に上げました。
また当時の年貢は江戸時代初期の検地で年貢の基準値が決められていましたが、この頃になると肥料の進化などから反当たりの収穫量が増えていました。

*この辺りの事情については以前の記事で触れたことがあります。
【歴史トーク】なぜ日本人は長時間労働をしてしまうのか?

そこで登場したのが有毛検見法です。
これは昔の検地の基準値を無視して、その年の実際の収穫量を1坪分の稲を刈り取って検査することで実際の予想収穫量を基準に年貢を課税するというものでした。
当時の勘定奉行神尾春央による、

「胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出るものなり」

という台詞が有名になったのもこの頃です。

またさつまいもの栽培を進め、農民が飢饉の際の代替食料を開発しました。

ほかに参勤交代で大名が江戸にいる時期を半年に縮め、負担を軽くする代わりに1万石につき100石の割合で米を幕府に献上させるといったウルトラCも行われました。

支出を削減するために

支出の削減のポイントは行政の民営化です。

これまで江戸や大坂などの都市では大名が消防を請け負っていましたが、大名の請負制度を廃止し、町人のための町火消制度を作ったり、大名屋敷では近所火消制度を作りました。
ちなみに、このときに生まれたのが有名な加賀鳶です。

また河川の工事をする際も、これまでは大名が動員されていたのを、該当する国の百姓に税金をかけてその資金で行うようにしました。
これを国役普請制度といいます。

ほか寺社の造営も幕府の財政からの支出から、幕府公認の募金制度を使って行われるようになりました。

そしてそれは幕府のためだけではなく、大名の負担を減らすための制度でもありました。
当時、各大名は河川工事や寺社の造営、大名火消などの役を果たすために、江戸詰めの家臣が増加しており、江戸の人件費の削減が求められていたのです。

前編のまとめ

徳川吉宗のキーワードは「官から民へ」

これまで公的資金でやっていた消防や河川工事などの事業を民間に委ねることで小さな政府を目指しました。
そして財政の悪化に対して税率をアップさせるなど、庶民に痛みに耐えることを求めます。
結果として江戸幕府の財政はひとまず好転していくのです。

*後編につづく

主な参考文献


藤田覚『近世の三大改革』(山川出版社、2002年)


藤田覚『幕藩制改革の展開』(山川出版社、2001年)

大石学『新しい江戸時代が見えてくる』(吉川弘文館、2014年)

大石学『近世日本の統治と改革』(吉川弘文館、2013年)

大石学編『享保改革と社会変容』(吉川弘文館、2003年)

杣田善雄『幕藩権力と寺院・門跡』(思文閣史学叢書、2003年)

高埜利彦「18世紀前半の日本~泰平のなかの転換」(『岩波講座日本通史第12巻近世2』岩波書店、1994年)

村田路人「吉宗の政治」(『岩波講座日本歴史第12巻近世3』、岩波書店、2014年)
藤本仁文「参勤交代制の変質」(『洛北史学』14号、2012年)

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