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江戸時代、藩政改革を主導した家老の学び方

江戸時代、藩の改革において儒学が重視されたことはよく知られています。

でも実際に改革を行っていた大名や家老とった人々がどのように儒学を学んでいたのかはあまり知られていないと思います。

そこで今回は、上杉鷹山で有名な米沢藩の家老、竹俣当綱(たけまたまさつな)の学び方の事例を、小関悠一郎さんの『<明君>の近世』という本からご紹介したいと思います。
竹俣当綱は上杉鷹山に抜擢され、米沢藩の藩政改革を主導した人物です。

まずは耳学問

江戸時代の武士の学び方というと、まっさきに思い浮かぶのが素読吟味(すどくぎんみ)というものかと思います。
論語などの書物の文章をひたすら丸暗記して読み上げる学習法ですね。
こういった学びの方法もやってはいたのでしょうが、竹俣当綱の学びのスタイルはこれとはだいぶイメージが違うものでした。

彼の学び方の基本は「耳学問」でした。
学問所

「講釈聴聞」というスタイルなのですが、事前に漢文の本文をメモしておきます。
そして先生から本文の解釈を聞いて、余白にその内容を書き込むという学び方です。
一人で本を読んで学ぶのでなく、現代で言うならセミナーなどの講義をたくさん聴くことで学びを深めていったのです。

学びの内容

また儒学というと道徳的な内容だけをイメージしがちです。

しかし実際は中国古代の先王、明君、聖賢、忠臣といった人たちの行ってきた政治・経済などの政策の歴史を学ぶという面が大きく、そこから竹俣当綱は改革のイメージを膨らませていきました。

また、彼の読書ノートを検討してみると、文字の本だけでなく絵本が多いのだそうです。
絵本形式の伝記物を同時に読むことで、ビジュアルでイメージをつかむことを意識していました。
現代で言うなら「まんがで読む日本の歴史」を読むことで日本の歴史の流れをつかむようなものでしょうか?

その上で、荻生徂徠や太宰春台といった現代の儒学者の「経済録」「産語」といった書物から政治改革の手法を学び、さらに過去の歴史と照らし合わせていたのです。

学びのコミュニティ

また竹俣当綱は一人だけで学んでいたのではありません。
学びのためのコミュニティに参加していました。

彼の学びのコミュニティは米沢藩の藩医だった藁科松伯を中心にした学問グループです。
このグループは勘定方や小性を中心とした藩の官僚グループのコミュニティでしたが、彼らと対話を重ねることで竹俣当綱は政策を立案、改革を押し進めていきました。

まとめ

米沢藩の藩政改革を主導した竹俣当綱は、儒学を道徳として学ぶだけでなく、歴史・経済・政治学として学んでいました。

そしてそれは書物の丸暗記などではなく、ビジュアルを利用した学びや講義を聴く形式、また学びのコミュニティに参加して対話をすることで学びを深め、改革を進めていきました。

そのような学びで得た改革政策への確信が、様々な抵抗勢力の妨害にも負けず改革を押し進め、改革を成功させる原動力となっていったのです。

主な参考文献

小関悠一郎『<明君>の近世』(吉川弘文館、2012年)

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