1. HOME
  2. ブログ
  3. 【歴史思考経営】江戸の静脈産業〜古着から見るリサイクル・循環型社会〜

【歴史思考経営】江戸の静脈産業〜古着から見るリサイクル・循環型社会〜

歴活代表の安藤竜(アンドリュー)です。

近年は環境問題が大きく叫ばれる中、リサイクルだけでなく3R(リデュース・リユース・リサイクル)というような言葉も現れ、より意識は高まっているように感じます。

しかし、リサイクル業というと、まだまだ私たちは3K業種のように思いがちですし、正直なところイメージの良い業種ではない、積極的に就職した企業ではない、と思ってしまうのが実際のところではないでしょうか?

しかし昨今、単なるリサイクル業という枠を超えた企業が生まれてきています。

金沢の会宝産業(株)と静脈産業

例えば筆者の地元、金沢にある会宝産業(株)さん

どんな企業かというと、一言で言えば車の解体屋さんです。

しかしただの解体屋さんではありません。

現会長の近藤典彦さんが解体屋の地位があまりにも低いことを悔しく思い、徹底的な工場の4S活動や高いレベルでの車の部品の品質管理などに取り組むことで世界74カ国と取引を行っており、車のリサイクル業というレベルを超えてしまいました。

今では、

新車を製造する企業を動脈産業と規定するならば、

自社は中古車・中古部品の循環を行う静脈産業である、

と述べられています。

*会宝産業(株)ホームページ

車のリサイクル業を大手自動車メーカーと同等のポジションにまで引き上げようという野心を持って取り組んでいる企業が生まれているのです。

江戸の静脈産業

江戸時代もリサイクルが非常に盛んだった時代だったことは知られています。

よってそこに着目した本も多いのですが、いかんせんゴミ回収業者レベルのリサイクル業しか述べられていないのが現状です。

江戸には静脈産業といえるレベルまでのものはなかったのでしょうか?

探してみるとありました!

古着屋です。

江戸時代は古手屋(ふるてや)と言っていました。

江戸時代は三井越後屋のような新品を取り扱う呉服屋は確かにありました。

しかし、一般庶民はかなりの部分の衣料を木綿の古手に頼っていたのです。

三浦俊明先生によると、当時の古着にはまさに着古した古手と、襟や袖だけといった一部分だけの解き物(ときもの)の2種類がありました。

このような古着は改めて仕立て直されたり、新品の一部を使用してアレンジしなおしたりと様々な活用がなされ、庶民に利用されたのです。

大坂の古手問屋・小橋屋の事例

そんな呉服業界の動脈産業と静脈産業の流れを、大坂の小橋屋(をばしや)という商家の事例から井戸田史子さんの論文を使って覗いてみます。

小橋屋は天明5(1785)年に御用金を負担しています。
この年の最高額は鴻池や三井など4家の7万両でしたが、小橋屋はそれにつぐ5万両を出しています。
「あさが来た」の主人公のモデル広岡浅子が嫁いだ加嶋屋も同じく5万両を出しており、小橋屋は大坂の中でもかなりの大店だった家でした。

まずこの小橋屋で注目なのが、そもそも小橋屋本家自体が呉服屋と古手問屋どちらも経営していたことです。

その上に、小袖店といって絹製品の売れ残りや不良品を再生産する店舗も経営していました。

そして、小橋屋には同族団といって一族や暖簾分けをした元従業員による企業グループが存在していました。

この構成員を小橋屋は別家と呼んでいましたが、この別家は小袖店や古手店、質屋などの経営を行うことが本家から奨励されていました。

本家が東北や北陸などへ向けた卸を中心としていたのに対し、別家は小売や仕入問屋、古手の集荷先としての質屋などが中心だったようです。

江戸時代の呉服屋の古手販売

江戸時代の呉服屋は新品だけを取り扱っていたのかというとそうではありませんでした。

三井などは死筋在庫はすぐに古手屋に売却してしまい、逆に他の呉服屋が売却した死筋商品を仕入れて販売するなんてことがありました。

小橋屋もまた新品は京都や大坂から仕入れていましたが、それ以外に本家や別家の古手屋から古手を仕入れ、新品の在庫品の小布を使って仕立て直した物を他の業者に販売するなんてことをやっていました。

小橋屋本家の古手の仕入れ先

小橋屋本家は起業してすぐの時点では、古手を姫路和歌山から買い入れていました。

とくに姫路は木綿が特産品だったこともあって庶民向け衣料は充実しており、表屋や奈良屋などといった豪商が古手業を営み財をなしていました。

しかしその後、小橋屋本家は同族団によるグループ化が進むことによって、別家の仕入業者や質屋などから古手を仕入れるようになります。

そして別家は大坂での小売、本家は東北・北陸へと販売するなどまさに江戸のグローバル企業と言って良い存在へと発展したのです。

小橋屋一統は衣料において、呉服屋という動脈産業と古手屋という静脈産業をグループとして経営し、衣料における循環型社会の大部分をグローバルに担っていました。

その財をもって大坂でも三井・鴻池などにつぐ企業グループへと発展したのです。

まさに単なるリサイクル業者といったレベルを超えた、江戸の静脈産業を担った家だったのです。

主な参考文献

三浦俊明『譜代藩城下町姫路の研究』(清文堂、1997年)

井戸田史子「商家同族団と出入商人ー古手の取引をめぐってー」
(『年報都市史研究10 伝統都市と身分的周縁』山川出版社、2002年所収)

井戸田史子「古手屋仲間」
(原直史編『身分的周縁と近世社会3 商いがむすぶ人びと』吉川弘文館、2007年所収)

関連記事