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日本の誕生日パーティの歴史

12月24日はクリスマスイブですね♫

クリスマスはキリストの降誕した日を祝うイベントです。

実際には誕生日とはちょっと違うのですが、一般には誕生日と考えられているようです。

ではキリスト教ではない昔の日本人は誕生日を祝っていたのでしょうか?

ちょっと前までは、昔の日本人は正月にひとつ年をとるのでとくに誕生日を祝っていなかったと考えられていましたが、最近の研究ではそうではなかったことがわかってきました。

日本初の誕生日パーティは織田信長じゃなかった!

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従来、日本初の誕生日パーティは織田信長が開催したと言われていました。

織田信長は自分自身を神格化するために寺院を建設し、自分自身をご神体として誕生日に参拝を強制しました。

これが宣教師ルイスフロイスの記録に残っていたため、キリスト教的発想で行われた例外的な事例として考えられていたのです。

しかし、よくよく記録を見てみると、織田信長は毎月誕生日行事を行う事を指示していることがわかりました。
西洋には毎月誕生日を祝う習慣はない・・・

これはどういうことか?

キリスト教以前にも日本には誕生日を祝う習慣があったということです。

では、いったい本当の日本初の誕生日パーティは誰の誕生日パーティだったのでしょうか?

日本初の誕生日パーティは光仁天皇

日本初の誕生日の記録は、宝亀6(775)年の光仁天皇の事例なのだそうです。

これは天長節(現代の天皇誕生日)の起源となっています。

経典の転読や殺生禁断が行われ、百官に酒宴が行われたといいます。

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その後、鎌倉武士が誕生日を祝っていたらしいことや、室町幕府の4代将軍義持が毎月自分の誕生日に祈祷をしてもらっていたことがわかっています。

誕生日は日本でも古くからお祝いする習慣があったのです。

江戸幕府の将軍の誕生日はすべてわかる!

江戸時代に入ると、すべての将軍の誕生日が実は判明しています。

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 家康:12月26日
 秀忠: 4月 7日
 家光: 7月17日
 家綱: 8月 3日
 綱吉: 1月 8日
 家宣: 4月25日
 家継: 7月 3日
 吉宗:10月21日
 家重:12月21日
 家治: 5月22日
 家斉:10月 5日
 家慶: 5月14日
 家定: 4月 8日
 家茂: 5月24日
 慶喜:10月 2日

基本的には寺院で祈祷を依頼し、大名や幕臣に餅や酒を配ることが行われました。

本格的に行われるようになるのは3代将軍家光の頃です。

当時、家光は無気力・不眠・拒食症などのうつ症状に悩まされており、気晴らしの催しが多く行われていた時期でした。

これをきっかけに、内輪だけのイベントから幕府の公式イベントへと将軍の誕生日パーティに変化が生まれていくのです。

庶民の誕生日

上級の武士などは当主の誕生日を祝うのが当たり前でしたが、下級の武士はちょっと違いました。

現在の私たちと同様に、子供や孫の誕生日を祝う記録が多く残っています。

上流階級にとっての誕生日はあくまで儀礼でしたが、庶民は純粋に子供の成長を祝う誕生日を祝っていたのでした。

参考文献

鵜沢由美「近世における誕生日」(『国立歴史民俗博物館研究報告』第141集、平静20年3月)

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