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二宮尊徳の思想に学ぶ!働き方改革の抵抗勢力はなぜ改革に反対するのか?

歴活代表の安藤竜(アンドリュー)です。

昨今、企業の長時間労働の改善は大きな問題となっています。

また、長時間労働による若手社員の退職の問題もあって、多くの企業が社員のワークライフバランスを考えた取り組みを進めようとしています。

しかし、いざ企業が働きかた改革を進めようとすると、(私が以前に所属していた企業でもそうでしたが)不思議と社員の反発(中堅クラスが多い)を受けて、改革がストップすることになります。
そして結果として、若手社員は絶望し、退職していくという負のスパイラルに陥っていくのです。

では、なぜ中堅社員はせっかく長時間労働がなくなるというのに、改革に反対するのでしょうか?

意味がわからないとお考えになる方もいらっしゃるでしょうが、彼らには彼らなりの論理があります。
それを考えないで、一方的に改革をしようとしたからこそ失敗したのです。

この現象と似たような事態は実は江戸時代にもありました。

今回はそんなお話です。

二宮尊徳の農村復興改革と抵抗勢力

二宮尊徳が桜町領という小田原藩の親戚筋にあたる農村の復興を依頼されたとき、既存の農民たちの多くは大反対でした。

せっかく、二宮尊徳が自分たちを救ってくれるというのに!

では、なぜ二宮尊徳の改革に農民は反対したのでしょうか?

結論から言うと、依頼主である藩の意向で


武士ではなく、農民に生活スタイルの改善を求めたこと。

これが一番抵抗を受けた理由でした。

会社でいうならば経営層のやり方には手をつけず、現場の社員に仕事の効率を高めさせることで長時間労働の改善を図ったというイメージでしょうか。
武士のせいで俺たちは生活が苦しいのに、なぜお前らは何も変えることなく、俺たちを変えさせるのか。ということです。

結果としてトラブルが続出し、改革は何度もつまづき二宮尊徳は2度にわたって辞表を出すことになります。
二宮尊徳ほどの人でも当初、改革は簡単なものではなかったのです。

二宮尊徳が見た抵抗勢力の姿

二宮尊徳が見た抵抗勢力の姿は以下のようなものでした。

・領主から救い用捨を受けることばかり考えて、いろいろ名目をつけては年貢減免を要求する。
・せっかく二宮尊徳が村に新しい住民を連れてきて荒れた土地を開発させようとしても、既存の住民がこれまでの習慣や伝統などを理由に嫌がらせをして追い出してしまう。

現在でも、

・給与が少ないと文句をいうばかりで何もしない。
・しかも社内改革の取り組み姿勢に共鳴して転職してきた社員を、既存社員が退職に追い込む。

こんな古株社員はどこでも良く見かけるのではないでしょうか。

改革を進める側、改革に期待する人たちにとってはひどい話だとは思いますが、既存の農民たちにも彼らなりの言い分はあったのです。
彼らは荒れた農村で低いレベルの生活かもしれないけれど、彼らなりにその環境に適応しているわけです。
そこを聞いてあげなくては改革は成し遂げられません。

では、彼ら農民たちの反対理由はいったいどういうものだったのでしょうか?

抵抗勢力の言い分とは?

当時の彼らの生活は、

・荒れた田畑は適当に耕して、余った時間はアルバイトに行って現金収入を得る。
・もし飢饉になったら領主から補助金を貰えば良い。

そんな風に考えてみると、割とのんきに暮らすことができていたのです。

そして未来を感じられない不安やストレスは、博打や祭りなどでお酒を飲むことでかろうじて解消することができていました。
低いレベルかもしれませんが、それなりに安定した生活だったのです。

しかも領主はいかに年貢を多くとるかばかり考えているので、頑張って仕事をして収入を増やしても何かと理由をつけて税金としてとられてしまう。
だから頑張って働くだけ損である。

そんなマインドだったのです。

こんな人たちに、

一所懸命働こう!生活リズムを正しくしよう!

なんて言うものですから反発を食らうのは当たり前ですよね。

またこの村は人口の減少が激しく、400軒あった家が150軒にまで減っていました。
そのため、150軒の家は残りの250軒が残した自宅近くの荒地で肥料にする草を刈ったり、燃料としての薪を集めたりしていて便利でした。


しかし新しい住民が荒地を開拓したので、より遠くまで草を刈りに行かなければならなくなったので、とても不便になったのです。

収入は増えないのに面倒臭い新しい取り組みをさせられる上、生活まで不便になった。


二宮尊徳のいう通りにやって、収入が一旦あがったとしても、どうせすぐに領主に年貢として取り上げられてしまうんだろう?


なんでそんなことやらなきゃならないの?

二宮尊徳の改革がスタートした直後、これが既存の住民にとっての二宮尊徳に対する正直な思いだったのです。

では、

このような領主に対する不信感に満ち溢れた農民たちから、どのようにして二宮尊徳は信頼を得ることができたのでしょうか?

▼つづきはこちらから
二宮尊徳に学ぶ!組織改革を行う際に、まず行うことは何か?

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