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北前船とは何か?【前編】

歴活代表の安藤竜(アンドリュー)です。

今回のテーマは北前船。

北陸にいると、海沿いの町には必ず北前船で栄えた豪商がいて、今も豪華なお屋敷が残っていたりします。

そんな北陸では当たり前の存在である北前船ですが、

北前船って何?って改めて聞かれると

?????

っとなってしまう人は多いのではないでしょうか?

そもそも北前船とはいったいどういったものなのでしょうか?

北前船の定義

北前船について最初に本格的な研究をしたのが、石川県加賀市の橋立を研究フィールドにした牧野隆信さんです。
牧野隆信さんの定義は、

江戸時代後期から明治時代にあたる18世紀後半から19世紀に、日本海航路で活躍した北陸船主の船。

というものです。

まずポイントとしては江戸時代の前半は含みません。

そして、江戸時代の後半から明治時代にかけて、北陸の人たちが所有していた所有していた船のことを北前船と定義しました。

しかし、この定義に異議を唱えたのが柚木学さんです。

柚木学さんは、北陸だけでなく山陰地方にも日本海航路で活躍した船は多くあり、これも北前船に入れても良いのではないか?

と考えました。

また、最近では四国だけでなく九州の船の事例も発見され、

中西聡さんは改めて北前船をこう定義しました。

本州・四国・九州などに拠点を持ち、18・9世紀に北海道へ進出した商人船主の船 

ここでまず大事なのは、割と誤解されがちなんですが北前船は廻船問屋とは違うということです。

廻船問屋とは、港で北前船が運んできた荷物を販売する場所を提供する存在です。

今の感覚でいうと、港の市場を経営していたのが廻船問屋なのです。

北前船の条件とは何か?

さて、上記の中西聡さんの定義によると北前船の条件は

1、商人船主であるか
2、北海道へ進出したか

この2点だと言えそうです。

まず商人船主であるか?

というのはどういうことかというと、

船主(船の所有者)が商業と輸送業を兼業しているということです。

普通、船主(船の所有者)の仕事は、現在のトラックの運転手さんのように荷物を運ぶだけです(これを当時の言葉で「運賃積」と言います)。

しかし日本海航路で活躍した北前船の船主(船の所有者)は商人でもあり、自分で商品を買い付けて好きなところへ運び売買をしました(これを「買積」と言います)。

江戸〜大阪間はあまり商品の価格差がないため、船も荷物を運んで運賃をもらうだけでしたが、北海道・東北・北陸〜大阪間は商品の価格差が大きかったため、自分で商売もしたほうが簡単に大きな利益があげられたのです。

2つ目の条件は北海道に進出したか否か

北前船の利益の大半は、北海道のニシンやイワシのカスを使った肥料と、白子、数の子、昆布などの食品を大阪で販売することで得ていました。

明治以降は、鉄道や定期汽船の発達で地域間の価格差がどんどんなくなっていきましたが、北海道と他の地域の価格差だけが最後まで残っていました。

また明治以降は北海道の開拓による人口増もあって、生活雑貨などの需要も増えました。

そのため、大部分の北前船主は北海道へ進出したのです。

後編へつづく・・・

主な参考文献

牧野隆信『北前船の時代ー近世以後の日本海海運史ー』(教育社歴史新書、1979年)

中西聡『北前船の近代史ー海の豪商たちが遺したものー』(成山堂書店、平成25年)

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