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キングダムから見る中国思想(法律と道徳)

歴活代表の安藤竜(アンドリュー)です。

キングダム46巻が発売になりましたね。

キングダムはとても面白い漫画ですが、思想面ではどうしても政を格好良く描かなくてはならないということから少し強引な部分があるように思うのですよね。

今日はそんなお話。

一番気になったのは、法家である李斯が秦王の政に仕えるようになったところです。

ここで、法家と儒家の対立という問題が李斯の口から述べられるのです。

キングダム45巻では、秦王の政が斉王から中華統一の際に滅ぼされた国の民衆をおまえはどう救うのか?と問われるシーンがあります。

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そこで、政は人が支配するのでなく法で支配する国を建国すると答えます。

そのためには統一国家が王国ですらなくても良いと政は答えます。

そして最新刊の46巻では法治国家をつくるため、かつては自らの敵だった法家の李斯を迎え入れることになります。

その際、李斯は儒家思想、つまり「論語」を始めとする孔子の教えが厄介だと言います。

では法治国家をつくるのになぜ孔子の教えが邪魔になるのでしょうか?

法家と儒家の違い

実は法家と儒家の思想は完全に正反対なのです。

性悪説と性善説という風にも説明されます。

もう少し具体的にいうと、儒家は王という独裁者の存在を認めますが、その代わり王は徳を国の誰よりも積み、民衆を導かなくてはならないと考えます。

この考え方の良い点は、徳を積んだ優秀な王が国をおさめれば、すべてがスピーディにうまく進むという点です。

しかし悪い点としては、徳を積もうとしない悪王が現れた時、どうしようもないということでした。

この欠点を解消するために生まれたのが法家の思想です。

どんなに徳のない王でも、その上に法律があれば国はうまく回ると考えたのです。

しかし、この考え方も法律自体が良くなければ同じようにどうしようもなくなります。

こうなると、また儒家の出番です。

徳のある王が法律を超えて国を治めれば良いと考え、法律を守らなくなってしまうのです。

このように儒家と法家は、常に入れ替わり立ち替わり歴史の表舞台に立つことになるのです。

政の考えも変化している?

そう考えると、秦王である政の考えもこの両者の考えが行ったり来たりしているのかな?

と思うシーンがあります。

そう、39巻の呂不韋との論戦です。

この際に政は呂不韋に対して、おまえの思想は人へのあきらめだと言います。

そして

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「人の持つ本質は光だ」

と答え、非常に感動的な名シーンなのですが、人間の本質が光だと考えるのならば普通は儒家思想に行くはずなのに、政は呂不韋の腹心だった法家の李斯を迎え法家の思想で国を治めようとするのです。

そういう意味では39巻は私にとって結構違和感のある巻だったのですが、みなさんはどう解釈されますか?

 

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