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世阿弥の一生と「風姿花伝」

歴活代表の安藤竜(アンドリュー)です。

今日のテーマは世阿弥と能の5大流派(観世、 金春、 宝生、 金剛、 喜多)について。

能はそもそも大和国(奈良県)の猿楽四座(よざ)がルーツ。

ルーツをそれぞれにあげると、観世(結崎座ゆうざきざ)、金春(円満井座えんまいざ)、宝生(外山座とびざ)、金剛(坂戸座さかどざ)となります。

それぞれの座は、都に上り活躍することを悲願としていました。
そのためには、当時開催されていた「立合能(たちあいのう)」という芸能競技に参加し、勝ち残らなければならなかったのです。

五大流派を簡単に理解

【観世流】
  観阿弥・世阿弥の直系にあたります。
  観世は駿河へ落ち延びたため、今川義元の人質だった家康が観世に親しむ。
  江戸幕府でも各座の筆頭の地位を与えられたことによって隆盛を誇った。 

【金春流】
 豊臣秀吉が能びいきになったときの能の第一人者が金春大夫。 
 秀吉の後援で流勢を大きくする。
 世阿弥の直系は観世流だが、 世阿弥の若年から壮年期の修業は観世に伝わり、 晩年の境地は女婿であった金春大夫に伝えられた。

【宝生流】
 5代将軍綱吉が将軍になる以前からひいきにしていたため、 将軍になるとさらに盛んになる。
 前田家は秀吉の時代から金春流。しかし綱紀のとき綱吉にあわせて宝生流に変えた。

【金剛流】
 唯一為政者によるひいきの恩恵を受けたことがない流派。
 「謡宝生舞金剛」 という言葉があり 舞が華麗であると言われる。
  猿楽の古い型を残し、 とんぼ返りや仏倒れといった歌舞伎のような型もある。

【喜多流】
 2代将軍秀忠の時代に新しく認められた流儀。
 武家式楽の無骨さ、精神主義を残している。

ざっと、こんな感じになるようです。

世阿弥の父、観阿弥

観阿弥は観世家の祖で、能を大成した人物です。

興福寺や春日神社などの神事能に奉仕する大和猿楽四座の結崎座の一員として、大和や近隣の各地で活躍。
1370年代ごろから自らの一座を率い醍醐寺など、京都周辺へも進出していきました。

1375年(永和元)に京都今熊野で観阿弥が息子の世阿弥とともに演じた猿楽能を足利義満が見物。そこから将軍をはじめ有力武家、公家らのひいきを得て、観阿弥率いる観世一座は幕府のお抱え的存在とみなされるようになるのです。

意外に不幸な世阿弥の一生

1384年に観阿弥が没したため、世阿弥は観世太夫を継ぎます。

しかし室町3代将軍足利義満は晩年、世阿弥のライバルである能役者・犬王を寵愛。

「猿楽の第一人者は道阿弥(犬王)である」とランク付けするようになります。
そして1418年、将軍は足利義持の代に「風姿花伝」が成立します。

ただ義持は猿楽よりも田楽が好みでした。

道阿弥(犬王)に替わり今度は田楽の増阿弥が寵愛を受けるようになります。

そして足利義教の代になると、義教は世阿弥の長男元雅の従兄弟である観世三郎元重(音阿弥:おんあみ)を重用します。
結果、観世座は主流の音阿弥派と、反主流の世阿弥・元雅派に分裂するのです。

世阿弥というと常にスーパースターだったような印象を持ちますが、実は常にスーパースターの陰にいる存在。太陽に対して月、長嶋茂雄に対しての野村克也のような存在だったのです。


さらに追い討ちをかけるように世阿弥には不幸が続きます。

1422年、世阿弥60歳のとき、観世大夫の座を長男の観世元雅に譲り、自身は出家します。
しかし10年後の1432年、長男の観世元雅が伊勢安濃津にて客死します。

長男元雅を失った世阿弥の最後の心のよりどころは、娘婿の金春禅竹。
 

最晩年の世阿弥は、自分が作り上げた「思想としての能」を禅竹に伝えるのです。

さらに1434年、72歳のとき佐渡国に世阿弥は流刑されます。

イメージに比べ、あまりに不幸な世阿弥の一生。

これが世阿弥の能に大きな影響を与えるのです。

「風姿花伝」と後継者問題

なぜ世阿弥はこのような不幸な人生を送ることになったのでしょうか。

実は世阿弥にはなかなか子どもができませんでした。


そこで後継者として弟・観世四郎の子、後の音阿弥を養子に迎えるのです。
これがすべての始まりでした。


この頃から世阿弥は自分の芸の伝承を考え、『風姿花伝』の執筆を開始します。

これは、現在考えられているような純粋芸術論ではなく、自分の後継者たちが第一人者の地位を保ち続けるためにどうすればよいかを教える、いわばマニュアル本のような存在でした。

ところが、長年子どもができなかった世阿弥夫妻に、長男の十郎元雅、さらに七郎元能、金春禅竹(こんぱるぜんちく)の妻となる娘の3人の子どもが生まれるのです。

結局、自分の子どもである元雅を優遇しようとしたところから、不幸が始まりました。

結局、応永25年(1418年)に全編が完結した『風姿花伝』も実子元雅に相伝。

しかし、元雅は世阿弥より先に亡くなってしまい、世阿弥の精神は観世流ではなく、娘婿の金春流に伝えられることになるのです。

 

主な参考文献

 

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