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文学部不要論に対する3つの考え

最近、またまた文学部不要論が世の中を騒がしています。

この問題は論点が多岐に渡るため、今回は論点を3つに絞って私の現状の考えをお話したいと思います。

1点目は、そもそも役に立つとはどういうことか

2点目は、国家の戦略としてどうなのか

3点目は、そもそも学問は国家のお膳立てがないとできないのか

 では、まず1点目からお話しましょう。

そもそも役に立つとはどういうことか

そもそも、役に立つというのはどういうことなのでしょうか。

これについては、大きく2段階あると私は考えています。

マズローの欲求5段階説というのがあります。

生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、尊厳欲求、自己実現欲求の5段階ですが、これも大きく2段階にわけられます。

つまり生存のための比較的基礎の部分の欲求と、その上に乗っかっていく自己実現の欲求です。

私は理系の学問は基礎の部分の欲求を満たすもの。文系の学問は自己実現の部分の欲求を満たすものだと考えています。

つまり今回、「文学部が役にたたない」という議論が改めて浮かび上がった理由は、日本という国家の凋落。日本人の多くが自己実現欲求という高度な欲求よりも生存のための欲求を満たすことに精一杯の状況にある。

そう考えるのです。

国家の戦略としてどうなのか

では2点目です。

では、そんな状況にある日本国をどうしたらよいのでしょうか。

自己実現欲求なんてレベルに日本はないのだから、そんなものは切り捨ててしまえと言ってしまってよいのか。という問題です。

弱者の戦略としては、選択と集中が大事なのは誰もが知っていることです。

アジア太平洋戦争で日本がアメリカに負けたのは、間違いなく弱者である日本が強者の戦略をとったからです。

すべて大事だからといって、理系も文系も全部残してたらまた負けてしまうんじゃないか。という不安はもっともです。

ただ、大事なポイントは「ではどこに集中するのか」です。

また、完全にゼロにしてしまうことが果たしてよいのか?

ということも問題でしょう。

日本という国はまがりなりにも「先進国」だったはずです。

「先進国」の強みは技術だけなのでしょうか。

我々は過去、技術では劣る西洋の国々に「エコノミックアニマル」などと呼ばれ、歴史・文化の力を散々見せつけられたはずではなかったのでしょうか。

技術力で勝てなくなった今、歴史・文化の力すら削いでしまって果たして良いのでしょうか。

そもそも学問は国家のお膳立てがないとできないのか

最後に、3点目です。

さきほど、国家戦略として歴史・文化を削ぐことはいかがなものか。

という提言をしましたが、個人としてはどうでしょう。

そもそも文系の学問をする上で、国家の庇護のもとやる必要性などあるのでしょうか。

我々民間人が民間の力でやればいいだけのこと。

そんな気もするのです。

何もかもお国におんぶに抱っこで良いのでしょうか。

私はまったく儲からないのに、ただただ自分自身が学びたいという理由で、結構な金額を使って古地図アプリなんてものを作った社長を知っています。

そして、私が主宰している歴史コミュニティ「金沢歴活」もまた、民間による永続的な学問の場を目指しています。

国家に無駄扱いされるのであれば、自分たちでやるだけのこと。 

進学した高校に野球部がなかったのなら、野球部を自分たちでつくるまでのことです。

いきいきと学び、豊かに生きる人生は、国家から与えられるものではありません。

自分たちで勝ち取るものです。

私はそんな風に考えているのです。

 

 

文責:安藤竜(アンドリュー)

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