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皿屋敷伝説は群馬からやってきた!金沢の皿屋敷伝説の謎【後編】(金沢の怪異・怪談シリーズvol.4)

なぜか金沢にもあった皿屋敷伝説。

果たして、なぜ金沢に伝わったのか?

というか、そもそもなぜ全国48カ所も伝承が伝わっているのか?

AKBか!

っていう話だが、今回お伝えしたいのはそんなお話。

前編はこちらからどうぞ

金沢のお菊さん伝説

例によって、『金澤古蹟志』を確認していくと、じつは前編で紹介した「皿屋敷」という項目だけでなく「播州皿屋敷伝話」という項目も別にあることに気づいた。

この両者の記事は同じ内容も多く長文なので、今回は後者を使って簡単にまとめてみた。

芳斉町の隣の駿河町に小幡播磨という人がいた。
小幡播磨は7000石を与えられ裕福に暮らしていた。
南京の皿を10枚持ち、珍客を招待したときに秘蔵の皿を出したが、菊という使用人が誤って落としてしまい1枚壊してしまった。
小幡播磨は非常に怒り、菊を手討にして井戸の中へ死骸を投げ込んでしまった。
その夜から毎夜死霊が出て、皿の数を調べ、泣き出し消えた。
寛永の頃には小幡播磨家は断絶したようだ。

*『金澤古蹟志』第9編巻24より

このような内容になっている。

『金澤古蹟志』の原文はこちらからどうぞ

金沢の皿屋敷伝説は小幡播磨という人の役職から、播州皿屋敷となっているのだ。

そして10客揃いの南京の皿、皿をお菊さんが井戸へ投げ込まれ、幽霊が毎晩皿の数を調べる。など、ほぼお菊伝説のすべてが網羅されている。

また、バリエーションとしては、

飯の中に針が入っていたといって菊という下女を殺した

なんていう話もあったようだ。

金沢にも伝わるお菊伝説だが、そもそもルーツはいったいどこのどんな話なのだろうか。

お菊伝説のルーツとはなにか

お菊伝説のルーツはじつは群馬県にある。

ルーツは群馬県妙義山麓。


室町時代からの名族である小幡氏一族に代々語り継がれる怨霊だったのだ。


小幡氏に奉公する「お菊」という名の女が主人に残酷な殺され方をして、その怨霊が小幡に祟るという点で共通している。
もっとも有名な話は、


国峰城主の小幡信貞の侍女に菊という美女があった。

ある日菊が配膳した信貞の膳に針が混入しており、怒った信貞は菊を蛇責めの刑に処した上、宝積寺(ほうしゃくじ)裏山の池へと沈めた。

菊の母はこれを知り、小幡に祟るよう菊の霊に祈る。

その後、菊の祟りによって小幡家は没落の一途を辿り、祟りを恐れた小幡家の者は宝積寺に菊とその家族(全て女)を祀り、五大姉と称した。

というもの。

つまり怨霊信仰の一種で、小幡家によって丁重に祀られる小幡家の「氏神」がお菊さんなのだ。

そして、小幡家ゆかりの者が移動した先々にお菊伝承が伝わった。

金沢だけでなく、松代、彦根、姫路、忍(おし)などだ。

金沢のお菊伝説はどう伝わったのか

まず、そもそもの原因は豊臣秀吉の小田原征伐だ。

小田原征伐の際、国峰城主の小幡信実(のぶざね)は後北条氏に属していた。

そのため戦国大名としての小幡氏はこのとき滅亡する。

これがすべての原因となる。

小幡信実はのちに真田昌幸のもとに身を寄せた。
そのため、まずは松代にお菊伝説が伝わることになった。

また、信実の息子である直之は徳川家康の家臣となった。
そのため、江戸にも伝わることとなる。

小田原征伐の後、小幡氏の領地を受け継いだのは井伊直政。

小幡氏の遺臣を多く召し抱えたため、彦根にもお菊伝説が伝わる。

その後、井伊家に雇用された小幡氏旧臣が仲介役となって、一族の小幡修理は姫路藩松平家に仕官する。
そこで、姫路のお菊伝説が生まれた。


そして松平家が忍に転封になったため、忍にも伝わることになる。

また小田原征伐の際、小幡氏の国峰城を攻めたのは上杉景勝・真田昌幸・前田利家だった。

小幡氏一族の小幡彦三郎は利家に降伏し、その後前田家に仕えることになる。

これが加賀の小幡氏の初代。


この際に、金沢にお菊伝承が伝わった。

一度は滅んだ小幡一族が全国で散り散りとなりながらも生き延びていく過程で、お菊伝説は広がっていったのである。

播州皿屋敷の皿屋敷はどこなのか

では、金沢に5、6カ所あるという皿屋敷のなかでも、芳斉町の隣の駿河町にあった皿屋敷とはいったいどこにあるのだろうか。

これがよくわからないのだ。

そもそも駿河町って町が今となってはどこにあたるのかが、『金澤古蹟志』が書かれた時代ですらよく分からなくなっている。

ただ、それで終わるのもなんなので、かなり間違っている可能性が高いのであるが、一つだけ仮説を出してみたい。

じつは古地図アプリ「古今金澤」で芳斉町付近を調べてみると、小幡七郎兵衛という人の屋敷地があるのだ。

*古地図アプリ「古今金澤」のダウンロードはこちらから

現在の金沢市立中央小学校芳斉分校の場所である。

駿河町は芳斉町の隣町だってのに、芳斉町ど真ん中じゃないか!

という話だけれども、この小幡七郎兵衛家から何か探れないかと考えている。

今後の研究に期待されたい。

文責:安藤竜(アンドリュー)

前編はこちらからどうぞ

主な参考文献

今井秀和「お菊虫伝承の成立と伝播」(『妖怪文化研究の最前線』せりか書房、2009年)

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