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漂着神と奥能登〜奥能登国際芸術祭にからめて〜

石川県珠洲市。

能登半島の最涯の地。
しかし日本海から見れば大陸からの入口の地。

そんな珠洲市で今、奥能登国際芸術祭2017が開催されています。

*奥能登国際芸術祭2017のホームページ

そして気になるのは、漂着物を使ったアート。

遥か昔から奥能登には大陸からの漂着物が流れ着き、漂着神としてお祀りする習慣があったとされます。

3番。深澤孝史。「神話の続き」

9番。小山真徳。「最涯の漂着神」

33番。リュウ・ジャンファ「Drifting Landscape」

深澤孝史さんの作品はまさに漂着物を使って新たなに神社を創作。
小山真徳さんは奥能登の漂着物では大きさのツートップである漂着船と鯨。
リュウ・ジャンファさんはもっと細かな大陸からの漂着物を景徳鎮の焼き物で表現。

3者3様の漂着物アートが展開されました。

では、そもそも漂着神とは何か?どのように祀られたのか?
そんなお話をしてみようと思います。

 

漂着神信仰とはどんなもの?

漂着神には大きく2パターンあります。

1、神が波のまにまに海辺に流されてくる。
2、神が海中から出現する。

多いのは1の神が波のまにまに海辺に流されてくるというパターン。

そしてさらに多いのは舟(のようなもの)に乗ってくるというもの。

能登半島全域で見ると、桃ノ木で作った舟やタコ、尻高貝というサザエのような形の大きな貝、鹿、ワニ、大根と海藻のタワラモ、酒樽に乗ってくるなど本当に多様な形態がありました。

2のパターンは、特定のものが神の依りついた物体(たいていは石)を拾うという形が多いとされます。

珠洲市真浦町の白山神社の神は草分け百姓の孫右衛門が海中から拾い上げて氏神としました。
ほか漂着した鯨の腹の中から神像が出たとか、漁夫の網に石がかかるが夢でわれは神なりとお告げがあったとか、仏像が網にかかるとか、網にかかるというパターンも多いです。

これらのパターンは『古事記』の少名毘古那神(すくなひこなのかみ)の神話がルーツと考えられています。

大国主神が美保御崎におられた際に、少名毘古那神がヒムシの皮を衣服とし、カガミのサヤを船として、波のまにまに流れ寄り、大国主神と力をあわせて国土を作り固め、常世の国にわたった。

まさにこの少名毘古那神こそ漂着神で、この神話を原型に能登半島の漂着神信仰も広がったとされるのです。

 

漂着神伝承と能登半島のお祭り

古代日本人の信仰には、海のはるか向こうには遠い祖先の「神の世界」があるという考え方ありました。これが常世の国です。
そして神の世界からやってくる祖神をお迎えして祭祀を営む。
これが漂着神伝説とその祭祀の由来です。

そして能登半島では多くのお祭りがありますが、これらは古の人々が海の彼方にある神々の世界、祖霊の国、常世の国から期間を定めて神迎えをした古くからの習慣を今も受け継いでいるものだったのです。

文責:安藤竜(アンドリュー)

参考文献

小倉學『加賀・能登の民俗 小倉學著作集第3巻 信仰と民俗』(2005年、瑞木書房)

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