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織田信長家臣団と正社員の誕生

戦国大名の誕生

応仁元(1467)年。応仁の乱によって京都は荒廃し、地方の武士たちが群雄割拠する戦国時代が到来しました。
この時期の武士たちの所有する領地はまだまだ狭く、一国単位の領地を支配する者はわずかでした。多くの地域は国よりも小さな単位である郡を支配する領主が割拠し、彼らを国人領主と呼びます。
国人領主は他国からの攻撃に対抗すべく連合し、有力な者をリーダーとしました。

戦国大名の誕生です。

商店街の誕生

太平洋戦争によって日本は荒廃し、まちの商店が群雄割拠する時代が到来しました。

この時期の商店主の所有する売り場面積はまだまだ狭く、広い売り場面積を持つ商店はわずかでした。多くの地域は小さな売り場面積を主に夫婦で経営する様々な業種の商店が立ち並び、彼らをパパママストアと呼びます。パパママストアは地域の顧客の様々な需要に対応すべく連合し、有力な者をリーダーとしました。

商店街の誕生です。

戦国大名の苦悩

各地の国人領主連合のリーダーである戦国大名は争いを繰り返し、その領地を拡大していきました。
しかし、領地が拡大していくにつれ、戦国大名たちは3つの問題にぶち当たることになります。

1、何をするにしても国人領主たちを説得しなくてはならないため、意思決定のスピードが遅くなっていたこと。

2、領地が広がったことで前線が本拠地よりも遠くなり、攻めるにも守るにも移動時間がかかるようになったこと。

3、武士は自分の領地の農業経営を指揮しなくてはならないため、農繁期は合戦ができなかったこと。

リーダーたる戦国大名は、領地拡大のためのスピードの遅さに悩まされていたのです。

商店街連合会会長の苦悩

各地の商店街のリーダーである商店街連合会会長は、合同セールを繰り返し、その売上を拡大していきました。
しかし、売上を拡大していくにつれ、商店街連合会会長は3つの問題にぶち当たることになります。

・何をするにしても商店主たちを説得しなくてはならないため、意思決定のスピードが遅くなっていたこと。

・モータリゼーションの発達により商圏が広がったことでお客様の住まいが商店街よりも遠くなり、お客様が来店されるのに駐車場が必要になったこと。

・商店主は家の用事もあるため、定休日は営業ができなかったこと。

リーダーたる商店街連合会会長は、売上拡大のためのスピードの遅さに悩まされていたのです。

織田信長と家臣団

この問題を解決し、戦国時代に覇を唱えたのが織田信長です。

信長は国人領主たちのリーダーという立場を超えて、彼らを家臣にすることを目指しました。説得ではなく命令で動く存在へ変えようとしたのです。

そのためにまず行ったことが本拠地の移転です。
尾張の那古屋城、清須城、小牧山城、岐阜城、安土城と領地が拡大するたび、本拠地を移していきました。
そのことで合戦の移動時間の短縮を図ると同時に、国人領主の家臣化を図っていきます。

自身の地元から遠く離れた城の城下町へ住むように強制するのです。

これに反発する者は武力で滅ぼすぞと脅すことで忠誠心を試し、少しずつ自分の命令をきく家臣へと変えていきました。
またこれによって、自分の領地の農業経営ができなくなるので、織田家が一括して農業経営を代行することになります。
結果、家臣たちは農業経営をしなくてもよくなり、いつでも合戦ができるようになりました。

そして自分の領地に縛られないので遠い前線にも向かえるようになったのです。

スーパーと正社員

この問題を解決し、昭和に覇を唱えたのがスーパーです。

スーパーは商店のリーダーという立場を超えて、彼らを正社員にすることを目指しました。説得ではなく命令で動く存在へ変えようとしたのです。

そのためにまず行ったことがスーパーの全国展開です。
地元だけでなく全国に店舗網を広げていきました。そのことで商店主の正社員化を図っていきます。

自身の地元から遠く離れたまちのスーパーへ転勤するように強制するのです。

これに反発する者はクビにするぞと脅すことで忠誠心を試し、少しずつ社長の命令をきく正社員へと変えていきました。
またこれによって、自分の実家の商店経営ができなくなるので、商店街はシャッター街となるか店舗を賃貸に出すことになります。
結果、正社員たちは実家の商店経営をしなくてもよくなり、いつでも転勤ができるようになりました。

そして実家の商店に縛られないので遠い店舗にも向かえるようになったのです。

信長型リーダーシップの崩壊

こうして戦国の世を平定していく織田信長でしたが、恐怖をベースにした信長のリーダーシップは、荒木村重など家臣団の反乱も多く、最終的には明智光秀に討たれます。本能寺の変です。革新的だった信長型リーダーシップの崩壊でした。

しかしその跡を継いだ豊臣秀吉も同様のリーダーシップをとり、自身の後継者を決めかねるまま亡くなります。

その後、天下をとることになるのは徳川家康ですが、家康は江戸幕府を開いてからも大名の領地経営には基本口を出さないなど、大名の連合としての性格を強くし大名の独立性をある程度保証する政策をとることになるのです。

ピラミッド型リーダーシップの崩壊

こうして規模を拡大していく大規模スーパーでしたが、恐怖をベースにしたピラミッド型リーダーシップは正社員の退職も多く、最終的には閉店に追い込まれる事例も発生します。

ちょっと業態は変わりますが、すきやのパワーアップ改装など良い例です。革新的だったピラミッド型リーダーシップの崩壊でした。しかしその後もピラミッド型リーダーシップは続き、現在のサービス業の人手不足は深刻な問題です。

その後、天下をとることになるスーパーはイオンですが、イオンはスーパーからショッピングセンターとなり、イオンモールをブランドの集合体としての性格を強くしブランドの独立性をある程度保証する経営をすることになるのです。

ちなみにブランドの方々はイオンモールなどのことを「館(やかた)」と呼びます。
そう、「御館様(おやかたさま)」なのです!

おまけ

信長が倒れた頃、(実際は存在しなかったと思われるが)新たなリーダーシップが生まれたことを描いた映画があります。もののけ姫です。

ここでは、たたらと呼ばれる最新の製鉄技術と鉄砲の製造技術を武器に、女性や障害者、牛飼いたちの小さな集落がエボシ御前をリーダーにまとまり、戦国大名を撃破していました。

この姿は何かに似ていないでしょうか?

そう、コンビニエンスストアです。

セブンイレブンは中小小売業の近代化・活性化と大規模店舗との共存共栄をビジョンにあげ、全国のパパママストアを近代的な設備の店舗にアップグレード。スーパーに対抗しました。

そして今では大規模ショッピングセンターよりも巨大な存在となっています。

戦国時代に本当にもののけ姫のようなたたら場があったならどうなっていたのだろう?

そんなことをふと思ってしまいます。

文責:安藤竜(アンドリュー)

 

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