1. HOME
  2. ブログ
  3. 朝活としての金沢歴活の歴史 vol.1

朝活としての金沢歴活の歴史 vol.1

2014年6月19日より始まった「朝活としての金沢歴活」は、2018年3月29日。第180回をもって終了いたしました。
辞めた理由は色々ありますが、一番大きいのは自分の中でマンネリになっており、面白くなくなってきていた。
新しいことをやりたくなったということかなと思います。

そもそも、私は朝に強いわけでもなんでもないですし、もともと朝活なんてやるつもりは一切なかったので、よくもまあこんなに続いたものだと正直改めて思います。

終了した今、ほぼ4年にわたる「朝活としての金沢歴活」の歴史を改めて振り返ってみようと思います。

歴活はかく始まりき

そもそもなぜ歴史専門の朝活などというものを始めたのでしょうか?
そこから説明したいと思います。
私は㈱セブン−イレブン・ジャパンを退職した際、「歴史で起業する」という野望を抱いていました。
本当は大学の講師や学芸員になれれば、それに越したことはなかったのですが、40歳になろうかというのに論文の1本も世に問うてない状況で、それは無謀というもの。となれば、何かしらの形で起業するしかないと思っていました。
しかし、大学院を出ているとはいえ、もう15年も経っています。
歴史学の知識もアップデートできておらず、古文書もかなり読めなくなっていました。
また、退職してから初めての古文書講座イベントを開催してみたものの、参加者は1名のみ。
前途は多難でした。
そこで、私はコーチに相談します(コーチングを習ったことがあった私は、この時こそコーチをつける時だと思ってお願いしていたのです)。
そのときコーチは言いました。

「アンドリューは朝活をやったらいいよ」

当時、コーチも自分の朝活を開催していました。
そこに手応えを感じていたのでしょう。
私にも勧めてきたのです。

いや、毎週しゃべるのとか、無理だし。
古文書講座の1時間半の内容をつくるのに、3週間くらいかかってるのに毎週って!
そう主張しましたが、コーチは

「しゃべる内容が作れなかったら、雑談してたらいいよ」

「とりあえず毎週何かしゃべる場をつくって、ファンになってもらう人を増やそう。誰も来なかったら一人でコーヒー飲んでればいいんだし」

何を言うのですか。あなたは。
そう思いましたが、よくよく考えれば私は毎日が暇なわけですし、そもそもそれくらいのことをしないと勉強しないなと思い、朝活をはじめることにしました。

歴史の朝活だから「金沢歴活」にしよう。

金沢歴活の誕生です。

超テキトーに決めた名前で、とりあえず朝活をすることにしました。
他の朝活は講師を毎回呼んでましたが、歴活の講師は私だけです。
私が私の興味あることを、ただひたすら1時間話し倒す朝活です。

こんなの誰が興味あるんだろう?
正直思いましたが、とりあえずスタートしてみることにしました。

はじめての朝活

朝活をやるにあたって考えたことは2つです。
いつやるのか?と、どこでやるのか?
です。
まず、いつやるのか?
ですが、他の朝活の曜日と重ならない日がいいのかなと思い、木曜日に設定しました。
のちに小松の朝活とかぶっていたことが判明しますが、当時はよくわかっていませんでした。

つぎは、どこでやるのか?です。
私はなべっちこと渡邊康弘氏の教えを忠実に守ろうとしました。
それは、「会場選びでそのセミナーの格が決まる」というものです。

私は自分の会はオシャレな場所で、オシャレな人が集まる会にしたかった。
歴史好きの高齢者が自説を披露する場ではなく、そんな人たちに占拠されて行き場を失った私と同世代の人たちが集える場所を創りたかった。

なので、会場はオシャレな場所にしたい。
できれば町家カフェがいい。
オシャレ女子が写真を撮りたくなるような場所(当時はインスタ映えという言葉はまだ無かった)でやりたい。
でも、なかなか朝の7時からオープンしているようなカフェは金沢にはなく、そこで、何人かに相談してやっと見つけたのがCafe素都でした。
彦三緑地の隣で大きな窓ガラスから眺める借景が美しいCafe素都は、私のイメージにピッタリでした。
ここでやろう。そう思った私はオーナーの素都さんに相談に行きます。
快諾していただいた私は、さっそく第1回金沢歴活のイベントページを立ち上げました。

つづく・・・

関連記事