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元府中三人衆。村井長頼と並ぶ前田家の両翼!不破彦三 加賀藩人物烈伝vol.2

不破彦三は金沢城下町の中心地、近江町市場近くにある、彦三町(ひこそまち)の地名の由来となった人物として金沢市民には有名です。
でも、意外と何をした人かは知られていないのではないでしょうか。

彦三町は1番丁から7番丁まであって、昔から不破彦三とその一族がここに居住したことから彦三町と呼ばれるようになったといいます。

江戸時代後半の享保9(1724)年の加賀藩の士帳(さむらいちょう)には

4500石 不破右京 彦三2番丁

とあって、廃藩置県まで同地に居住し続けました。

不破彦三の邸宅は、現在は名鉄協商パーキングとなっています。

では、そんな不破彦三の人生をみていきましょう。

信長の家臣として府中三人衆となる

不破氏は元々美濃国で土岐家に仕えていたましたが、土岐家が滅んだのち、永禄7(1564)年に織田信長に仕えることになります。

当時の当主は不破河内守光治。
同時に光治の子である彦三直光も信長に仕えることになりました。

前田利家が府中三人衆となった天正3(1575)年。
不破光治も府中三人衆の一員として越前国大野城に入り、光治が死去したのちは、彦三が越前大野領3万3千石を継ぎます。
その後、彦三は織田信長に従って、石山、堅田、姉川、長島、長篠などの戦いなどに参加、戦功を残しました。

賤ヶ岳の戦いでの敗北と秀吉との不和

*wikipediaより

順風満帆だった不破彦三の人生が変わったのが、天正11(1583)年3月。羽柴秀吉と柴田勝家が激突した賤ヶ岳の戦いです。

不破彦三は前田利家・佐々成政と同じく勝家の配下でしたが、この戦いでの敗北で羽柴秀吉に従うことになります。

しかし、あるとき秀吉が

柴田勝家は鬼柴田などと言われていたが、結局私の槍で滅亡した。

と、鬼柴田といってもたいしたことなかったな、という感じで威張っているのを聞いた不破彦三。

いやいや左様なことはない。あの敗北は佐久間盛政が粗忽だったからである。佐久間がもっと良ければ今のあなたはありませんよ

とかましたのです。秀吉は顔色を変えて

いや、たとえ佐久間が良かったとしても、私には敵わなかったはずだ

とやり返します。

すると彦三はさらに

本来の佐久間なら、そう簡単にうまくはいかなかったですよ

と続けたので、秀吉は

さてさて、そのほうは柴田贔屓である

とさすがに不愉快になり、二度と呼ばれることはなかったといいます。

そのため、切腹か遠島に流刑になるかと言われていたところ、前田利家が詫びを入れたことで不破彦三は利家預かりとなり、加賀国河北郡で33,000石を利家から与えられ家臣となるのです。

前田利家の同僚から家臣へ

前田利家に請われて家臣となった不破彦三。
その活躍の舞台は佐々成政との戦いでした。

末森城の戦いでは村井長頼と並んで左右の先鋒となり、末森城の援軍として功をあげます。

また佐々成政が鷹ノ巣城を襲った際は、その報を得てすぐに赴き、前田利家が到着したときに先に現地に到着していたのは村井長頼と不破彦三のみ。

2人をみて利家は、

「またおまえらか!」

といったとか。

鷹ノ巣城では敗走する成政を追っていくつかの首をとり、成政征伐が終わると彦三は黄金100両を拝領。毎戦先鋒だったことを賞されたといいます。

代々彦三を名乗るように

彦三直光の死後、代々不破家は彦三を名乗ります。

子の彦三光昌は幼少だったため、10,000俵を賜り、のちに5000石に直されました。

彦三光昌は関が原の戦いの時は年少のため従軍せず、大坂の陣が初陣でした。
夏の陣では大坂城の岡山口に進んで兵を率いて敵門を開いて突撃。
家臣の吉田士郎兵衛などは槍をあげて決戦し、敵の首をいくつかとるなど戦功を揚げました。

しかし、彦三光昌の人となりとしては、何をするにもゆっくりで、あまり優秀ではないと思われていたそうです。

あるときそれを批判した人がいましたが、彦三が反論して言うには、

常に父から言われていたことは、人の心に敏感であれ、ただ守るべきなのは「義」の一文字だけである。武士の道を忘れるなと。それゆえに、日々それ以外に勤めることはない。

日本一の大藩である加賀藩では私と同じ録の者は多いが、私以上に人馬がすこやかで武具が揃っている者はいない。日々弓矢の家としての仕事をおろそかにはしていないつもりだ。

と言ったため、批判した人も感嘆したとか。

その後も不破家は加賀藩の重臣として、代々重用されます。
まさに地名に名を残すに相応しい家だったといえるのではないでしょうか。

<参考文献など>

『金澤古蹟志』(金沢市立図書館ホームページ)

「彦三町」「不破彦三邸地」「不破彦三直光伝」の項目
 巻28、2・3ページ
 巻28、4・5ページ
 巻28、6ページ

『加能郷土辞彙』(金沢市立図書館ホームページ)

「不破光治」「不破直光」「不破光昌」の項目
 734ページ

『加賀藩初期の侍帳』(国立国会図書館デジタルコレクション)

「元和之侍帳」の「不破彦三」の項目。コマ番号33/146

 加賀藩初期の侍帳のリンク

『加賀藩史料』(東京大学史料編纂所近世編年データベース)

「不破彦三光昌没す」の項目

『加賀藩史稿 第4巻 列伝第2』

「不破勝光」の項目
古絵図・貴重書ギャラリー – 富山県立図書館。26〜32ページ

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