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加賀藩三代藩主前田利常の、鼻毛のエピソードが誤解されていることについて

加賀藩三代藩主の前田利常は、揚げ浜塩の専売制度や年貢米の大坂での販売、農村の復興などの改革を成し遂げ、その財力を使って寛永文化のアーティストたちのパトロンとなった加賀百万石の栄光の基礎をつくりあげた明君です。

そんな前田利常ですが、性格がちょっと独特というか、現代の人物に例えるならばサッカーの本田圭佑選手みたいなところがありました。

京都の東福寺が持っていた無準和尚の筆蹟を購入しようとしたところ金300枚と言われたら、500枚でないと購入しないと突っぱねたとか、ある抹茶碗が金5枚のところ値切って2枚に負けさせたのに、後から大量の拝領品を与えたので、道具屋は良いものがあれば、まず利常に声をかけるようになったとか、「百万石の大名の俺が、そんな安い値段で買えるか!」みたいなオラオラなところがちょっとあるのです。

前田利常の鼻毛のエピソードとは

そして、そんな利常の最も有名なエピソードが鼻毛のエピソードです。

江戸城で鼻毛をのばして見苦しいがこれ重臣たちが何度やめさせようとしても鼻毛を抜かず、
「我が鼻毛がのびているのを誰もが笑い、世間では鼻毛ののびたうつけ者といっているのは私も心得ているぞ。我は今、大名の頂点に立っている。利口さを見せると疑われる。たわけを人に知らせてこそ簡、単に加賀・越中・能登の三ヶ国を治めることができるのだ」
と言ったという話です。

見瀬和雄先生の『利家・利長・利常』の96ページによると、このエピソードは「明良洪範」という書物が出典のようです。

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これだけを見ると、まぁ利常ってちょっと変やし、そんなこともあったのかもね。という感じなのですが、世の中の人はちょっとこのエピソードを誤解していると思うのです。

今回はそんなお話です。

鼻毛をのばすということの意味について

おそらくみなさんが「鼻毛をのばして見苦しい」という言葉から受ける印象は、「だらしない」「清潔感がない」「年収が低そう」とかそんな感じなんだと思うんです。
だから、鼻毛をのばしていると「うつけ者」と思われることに、何の違和感も感じないのだと思いますが、当時の感覚はもう少し違っていたのではないか?というのが、今回お伝えしたい内容です。

それはどういうことなのか。

見瀬先生の著書の同ページに

しかし、誰も利常を凡庸な殿様だとは思ってはいなかった。なかなか深慮遠謀のはたらく殿様だと皆思っていたのである。とかく江戸城の中でも常識はずれなことを平気でやるということの一つの現れが、鼻毛を伸ばすということだったのだろうが、それは言ってみれば、江戸時代初めのころにみられた「かぶきたる体」ということを、彼なりにやってみたということだろう。そうした常識はずれであったり、大胆な行動を平気でやれたというのは

という風に書かれていることが全てではあるのですが、これを読んで見瀬先生が本当に言いたかったことが読者に伝わっている気がまったくしないのです。
そこで、もう少し詳しく解説してみたいと思います。

鼻毛をのばすのは格好良いことだった

結論から言うと、鼻毛をのばす行為は当時の傾奇者のファッションの一つだったので、格好良い行為だったということです。
ただその格好良さが、今で言うところのオラオラ系の格好良さに近いものだったということが問題だったのです。
利常が鼻毛をのばして江戸城に登城したというのは、現代に例えていうならば、

財務相の麻生さんがタトゥーを入れて国会に出てきた!

みたいな衝撃と考えてみれば近いのかもしれません(麻生さんはタトゥーを入れてないと思いますが)。
どうでしょう。かなり印象が違いませんか?

そして当時の社会情勢として、傾奇者は弾圧の対象でした。
大坂の陣が終わり大量の牢人があふれ、彼らが傾奇者となって治安を悪化させないように、何度も「かぶいた」行為は禁令が出されました。

そのような状況下でありながら「かぶきたる体」を演じたことこそが、「うつけ者」という評価だったのだと思うのです。

まさに、

「おれたちにできない事を平然とやってのけるッ!そこにシビれる! あこがれるゥ!」

ということだったのですね。

結論

前田利常の鼻毛のエピソードは、だらしない人間を演出したから「うつけ者」と評価されたのではありませんでした。
将軍に次ぐ高貴な身分の人間でありながら、愚連隊のようなファッションで公式行事に出てきたことこそが「うつけ者」の評価だったのです。

出典の「明良洪範」という本は、江戸時代の中期頃に書かれたものです。
恐らくその頃にはもう鼻毛が傾奇者のファッションだったなんて、忘れられていたのではないでしょうか。だからこそ誤解されるような文章となり、本来の理由が伝わらなくなったのだと考えるのです。

文責:安藤竜(アンドリュー)

主な参考文献

三瀬和雄『利家・利長・利常ー前田三代の人と政治ー』(2002年、北國新聞社)

田中喜男「加賀藩初期”かぶき者”の構造」(『歴史の中の都市と村落社会』1994年、思文閣出版)

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