鎌倉仏教とはなにか?

歴活代表の安藤竜(アンドリュー)です。
今回のテーマは鎌倉仏教とは何か?
私は今、石川県で観光業を目指す方のための職業訓練の講師として、石川県の文化と歴史というテーマで講義をしています。
石川県の歴史といえば、どうしても外せないのが一向一揆。
でも、実際にお話してみると、
そもそも浄土真宗ってどんな宗教なの?
ってところでみんな、まず止まっちゃうんですね。
なので、浄土真宗を含む鎌倉仏教はどんな宗派なのか、そしてどんな時代背景をもとに生まれてきたのか。
そんなテーマでお話します。
目次
仏教伝来と奈良時代の仏教
仏教が日本に伝来した時、最初に仏教を積極的に取り入れたのは蘇我氏です。
そして蘇我氏が推す聖徳太子(厩戸王)が法隆寺を創建。
その後、全国的に疫病が流行するなどして、聖武天皇が東大寺と大仏を建てます。
このように、奈良時代の仏教は地位のある貴族だけのもので、仏像やお寺を建設することで救われるといったレベルのものでした。
平安時代の仏教
その後、平安時代になると宗教界に2人の改革者が生まれます。
最澄と空海です。
この2人は中国から日本に、密教という新しい教えを導入しました。
奈良時代までの仏教は、仏教の創始者である釈迦如来が説いた教えを説きました。
ちなみに如来というのは悟りを開いた存在のことをさします。
しかし密教というのは、実際の人物ではなく理論上の存在である大日如来が説いた秘密の教えを説きました。
お釈迦さまが悟りを開いたのなら、他にも悟りを開いた人がいるはず、もっというとそんな悟りを開いた人の中でもさらに究極の人がいるはずで、それが大日如来であると考えました。
地球に生命が生まれたなら、宇宙のどこかに生命のいる星があるはず、さらにいうとそんな銀河系の星々を統括する銀河政府のようなものもあるはずだ。
みたいな感じですかね。
このようにスケールの大きい考えから生まれた密教は、これまでのローカルな仏教を信仰していた当時の人々にとって衝撃的で当時大人気となったのです。
平安仏教から鎌倉仏教へ
でも、平安仏教にも弱点がありました。
なんだかんだいって仏教が救うのは貴族であって、庶民は後回しになっていたという問題でした。
とくに平安時代の末期は飢饉も多く、鴨長明の『方丈記』にも大火事・台風・飢饉・地震などの大災害が多発していたと書かれています。
また源平の争乱が起きた時期でもあり、人々は常に死と隣り合わせの日々を送っていたのです。
こんな状況下で生まれたのが鎌倉仏教です。
彼らに共通するのは仏教の教えをもっと庶民にも伝えたい。
貴族だけでなく、苦しむ庶民を助けたい。
その思いでした。
代表的な宗派6つを以下、紹介します。
浄土宗(法然)の教えとは
浄土宗は阿弥陀如来を信仰すれば極楽浄土に行けるという教えです。
しかし浄土宗の一番のポイントは、その際に仏像やお寺をつくらなくてもいいよということにしたことです。
ただ、
「南無阿弥陀仏」
と唱えれば救われるとしたのです。
これは当時画期的なことでした。
浄土真宗(親鸞)の教えとは
浄土真宗は浄土宗の法然の弟子だった親鸞が開いた宗派です。
浄土宗は仏像もお寺も建てる必要はなく、「南無阿弥陀仏」と唱えれば良いということで、庶民でも仏教を信仰することができました。
しかし、「南無阿弥陀仏」という言葉だけで良いとはいえ、多く唱えれば唱えるほどよいのか?
という問いにたいして、そうだと答えてしまった結果、忙しく働かなくてはならない庶民にとっては難しいことになってしまいました。
そこで、親鸞は考えました。
もう、ただ阿弥陀如来にすべてをお任せる。
そう決めるだけでよいのではないか?
そうすればすべての庶民が救われる。
そう考えたのです。
さらに、悪人正機説というのを唱えました。
悪人正機説とは悪人ほど救われるということですが、悪人ほど悔い改めるからより救われるのだといいます。
昔悪さをしていたヤンキーほど、悔い改めると極端に立派な人になるようなものでしょうか。
時宗(一遍)の教えとは
時宗も浄土系なので念仏を唱えることで救われるとしました。
しかし、時宗に特徴的なのは布教のために踊り念仏というダンスミュージックを開発した点です。
今年2017年の4月8日の花祭り(お釈迦様の誕生日)に吉本新喜劇の小籔千豊が
4.8 お釈迦さま’s B.D. FLOWER FESTIVEL ‼
〜お釈迦さまっ!ハピバだぉ♡〜
を開催しましたが、そんなノリだったのでしょうか。
法華宗(日蓮)の教え
法華宗はその名の通り、お釈迦さまの言葉を集めたお経の中でもとくに法華経にこだわった宗派です。
阿弥陀仏ではなく法華経の教えに身を委ねることを説きました。
なので、「南無阿弥陀仏」ではなく「南無妙法蓮華経」と唱えました。
妙法蓮華経というのは法華経の正式名称ですね。
ただ、法華経以外はすべて邪道だとかなりの強硬姿勢をとったので、弾圧された時期もありました。
臨済宗(栄西)の教え
臨済宗はいわゆる禅宗にあたります。
一休さんというアニメが昔ありましたが、一休さんのいたお寺がまさに臨済宗です。
一休さんでは、
「そもさん」
「せっぱ」
と言ってから、何か問答をしていたと思います。
あれは「公案」といって、師匠や先輩僧侶と問答をするのですが、基本的にけちょんけちょんに言い負かされます。
その過程で多くの気づきを得ることで悟りに近づくと考える宗派です。
非常に知的な要素が強かったので学問も盛んで、武士によって保護されました。
また、臨済宗は始祖の栄西が中国からお茶を持ち帰ったこともあって、茶道との関連の深い宗派でもありました。
鎌倉仏教の曹洞宗(道元)タイプ
最後はもうひとつの禅宗である曹洞宗です。
曹洞宗の特徴はとにかく坐禅です。
余計なことを考えずにただ座禅をすることで、悟りが開けると考えました。
余計なことを考えないためにも、権力から離れようとしたため、臨済宗は鎌倉や京都にお寺が多く建てられたのに対し、曹洞宗は永平寺の福井や総持寺の能登など、山奥に本山がありました。
自力本願と他力本願
浄土宗、浄土真宗、時宗、法華宗などは、阿弥陀如来や法華経など人よりも大きな存在にすべてを任せることで救われるとしたので、他力本願といいます。
逆に臨済宗や曹洞宗などの禅宗は自分の努力で悟りに近づこうとしたので、自力本願といいます。
他力本願というと、自分は何もせず人がやってくれるのを待つだけの受け身人間のように思いますが、それは少し意味が違います。
大いなる自然の前では小さな一人の存在が少しくらい何かしたところでどうしようもない。
大きな川に流されているのであれば、流れに身を任せることで海に向かえば良い。
そんなイメージで考えると、よいのかと思います。
そして、自力本願の禅宗では、ただ流されるよりは自分で少しでも泳いで早く海に向かおうと考えるのです。
*おちゃらけバージョンはこちら
キラキラウーマンのための失敗しない宗教の選び方(仏教編)
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