仏教宗派の教えの違いを婚活に例えて理解する!?浄土宗・法然・浄土真宗・親鸞の革命的な教えとは?

「あなたの家の宗派はなんですか?」
そう聞くと、多くの方が浄土宗、曹洞宗、浄土真宗、日蓮宗、etcといった宗派の名前を挙げられます。
今並べた宗派には共通点があるのですが、お分かりになりますでしょうか?
そう、鎌倉仏教と言われる宗派です。
鎌倉仏教は、律宗、天台宗、真言宗などといった平安時代以前の仏教が貴族のための仏教だったのに対して、庶民のための仏教として生まれました。
そのため、今でも多くの家の宗派が鎌倉仏教の宗派なのです。
鎌倉仏教は当時、革命的な教えとして現れるも、あまりに革命的すぎて弾圧を受け、実際に広まったのは少し教えがマイルドになった戦国時代と言われています。でも、
なぜ鎌倉仏教は弾圧を受けたのでしょう?
どんなところが革命的だったのでしょう?
と言われると、よくわからない。
そんな方も多いのではないかと思います。
そこで、今回は鎌倉仏教でも浄土宗・浄土真宗に絞って、その教えの特徴を解説したいと思います。
浄土宗の革命的な教え
鎌倉時代、一番最初に仏教界に革命を起こしたのが、浄土宗を開いた法然というお坊さんです。。
この方の最も革命的だったところは、「南無阿弥陀仏」と唱えさえすれば「救われる」と説いたことです。
平安時代までの仏教は、たとえ何宗だろうが「救われる」ためには色々なことをしなくてはなりませんでした。お寺を建てたり、仏像を造ったり、修行をしたりといった具合です。
でも、貧しい庶民にとって、これはとても難しいことでした。
平安時代の後半、源平の戦いが全国的に広まるなど戦乱の時代になったことや、鴨長明の「方丈記」にも記されているように災害が多発しました。
ただでさえ貧しい庶民の生活は、さらに苦しくなっていたのです。
法然は、このような苦しむ庶民も「救われる」ことを目指しました。
つまり、「慈悲深い阿弥陀如来様に全てを委ねます!」という意味の「南無阿弥陀仏」という言葉を日々阿弥陀さまに対して唱えれば、阿弥陀さまが救ってくださると説いたのです。
婚活で例えてみると

この流れは、婚活に例えてみるとよくわかります。
平安時代はバブル期、源平の戦いをバブル崩壊、鎌倉時代はバブル崩壊後の社会と考えるのです。
平安時代の仏さまは、お寺を建てたり、仏像を造ったり、修行しないと救ってくれませんでした。
これはバブル時代の男子は、マイホームを建てたり、指輪をプレゼントしたり、食事を奢るほか、デートコースを全て考えるなどの努力をしないと、女子に相手をしてもらえなかったことと同じです。
しかしバブルが崩壊してしまうと、男子の給与は下がり始め、そのようなことをやっている余裕がなくなりました。
そのためバブル崩壊後、結婚できる男女が激減してしまいます。
そこで結婚できなくなった女子たちは条件を緩めていくことになりました。
そう、お金なんてなくてもいい。
「大好きだよ」
と、毎日言ってくれれば良い!
それだけで私、幸せだよ。
これです!
これが「南無阿弥陀仏」。
これこそが法然の浄土宗の革命的教えなのです。
親鸞のさらなる革命

でも実際の世の中は、法然の想定を上回る事態を迎えます。
そう、バブルが崩壊し失われた20年に入った日本には、ブラック企業問題や非正規雇用問題が生まれました。
金は無いけど暇はある!
そんな社会であれば、毎日のように「好きだよ」と言う心の余裕もあったでしょう。しかしブラック企業によるサービス残業の強制は、男子たちの心と体を蝕み、一日一回「大好きだよ」と電話やメールで伝えることすら辛い。
そんな男子たちを多数生み出してしまいました。
そんな病める男子たちの味方となったのが親鸞です!
毎日彼女に電話することすら辛い男子のために親鸞聖人が言ってくれたこと。
「『愛してる』は人生で一回言えばそれで良い。なんならこの女性を一生愛すと決意するだけで良い」
これです!
「南無阿弥陀仏」は何回も言う必要はなく、なんなら阿弥陀様に全てを委ねると決意するだけで阿弥陀様は救ってくださると説いたのです。
これによって、ブラック企業で働きづめの男子は、彼女に電話せずともデートができなくても、振られることがなくなったのです。すごい!
また親鸞聖人は男子の努力も否定します。
偉大なる阿弥陀様の前では人などどれだけ努力しても無意味。全てを阿弥陀様に委ねるのだ。と。
つまり、どれだけ努力してもお前はお洒落になんかならないのだから、自分でお洒落になる努力は捨てなさい。と。
働きづめで、服を買いに行くことすらできない男子でも、結婚ができるということになったのです。
ここまで行くとわけわからん、時宗の革命
一遍という人が開いた時宗という宗派があります。踊念仏で有名ですが、これはこれまでの流れから行くと、みんなで踊りながら「愛してるよ」「LOVE」と歌いまくる宗派ということになるでしょう。
一遍という人は、浄土真宗の教えをさらに深めていきます。
「もう、『好きだよ』って言ってれば、実際は好きじゃなくても良いんじゃないか?」
これです!
実際は阿弥陀様のことを信じてなくても、阿弥陀様に全てを委ねますという意味の「南無阿弥陀仏」と嘘でも唱えれば、阿弥陀様は救ってくださる。だから楽しく歌って踊りながら唱えようぜ。ということです。
金がなくても愛さえあれば結婚できるから、愛すらなくてもとりあえず「愛してる」と言えば結婚できる!というところまできてしまうのです。
さすがに女性の場合は、ここまでの慈悲深さはありえないでしょうが、仏様ならここまであり!という風に鎌倉仏教は進化していったのでした。
しかし、ここまで読んだ女性はかなり不満だと思います。
「私、大事にされなさすぎじゃない?」
そう思う方がほとんどでしょう。
そうです!
鎌倉時代の人々も大多数がそう考えました。
確かに鎌倉仏教は、ブラック企業で働いて、心も体も病んで金もない優しくて良い男を結婚させることはできました。でも残念ながらそんな男は少数派だったのです。
女性を大事にせず、自分を磨くこともなく、なんなら愛情もないのに結婚しようとするクズ男を守るための宗派みたいに誤解され、弾圧されてしまうことになってしまいました。
結果、鎌倉仏教が実際に広まるのは、教えをもっとマイルドにした戦国時代のことになるのです。